前回までのあらすじ。不動産屋で働く不動ゆり子は、アブも蜂も取らんとして、語学と音楽の両方に励みつつ、時々ブログを更新している暇人である。職場では意識高いと思い込んでいる生意気なパートさん…って思われぬ様(そんなに高尚な趣味かどうかはさておき)、ブログのように、『頑張ります』っぽいアピールは一切しないままである。
お茶出しの類は上品な先輩が可憐に振る舞う方がお客様も喜ばれるでしょうし、どちらかと言うと引いてきた食器を洗うとかゴミを出すとかいう業務を私は率先して担当して参りました。ですが、この日は私も一緒に応接代わりの会議室に出ました。海外からのお客様を引率してきた本社の社員さんと社内の通訳と外部の通訳とが来ている上、こちらの支店も上司同伴、人数が多すぎるので一人でお茶を運びきれないとのことでした。
『…?!全員スーツで誰が誰だかわからない状態ですが?』何だかよくわからないけど、『こちらご覧の通り…』とかいうお話によっぽど興味を持たれたのか、ほぼ全員が席を離れて一ヵ所に集まって何かを夢中で読んでいて、その日本語説明および通訳および質問及び通訳…で、ガヤガヤしていました。『…無人の机ですが等間隔にお茶置いてってさっさと引き上げちゃいましょうか。』『お話の腰を折って手渡すほどのお茶でもないから仕方ないわよね。』大和撫子な先輩の淹れたお茶は美味しいですけどね。
ポイポイお茶を(簡単ながら、
お茶の心得 は踏まえた上で)置きまくっていると、一人だけ初老と言ってもいいぐらいの偉そうな男性が会話に参加せずに部屋の隅でボケ~っと座っておいでなのに気付きました。通訳が余っているからなのか、お客様のお連れ様でヤル気がない側の方なのか?その方の前でだけ、『失礼します。』って言いながら丁寧に置きました。もの凄く無関心そうですが、大人のマナーとしてにこやかに。
Ta shuo "xiexie". Wo mashang shuo"Buxie". Ranhou ta wen wo.... 以下和訳で。
『ありがとアル』って気軽に言われたので脊髄反射っぽく、『どうもアル』ってお答えしたところ、完璧な発音で、『あなたは言葉がわかるのですね?』って改めて聞かれました。『ええ、まだまだ勉強中アルけど、一生懸命アル。』不便な日本語会話を付き合わせるのも申し訳ないと思い、習いたての言葉で頑張って返しました。また完璧な日本語で、『え?あなた日本人でしょ?』って聞かれたので、『はいアル。なのでこんなに訛っているアル。』と、精一杯答えました。『日本人じゃないの?』なんて完璧な発音なのでしょう!『私は日本人アルよ。すみませんアル、下手な発音で。』
あまりに通じない発音で我ながらガッカリですが、お客様に残念な思いをさせてはいけません。『勉強が足りなくて聞き取りづらく申し訳ないアルが、ごゆっくりお過ごし下さいアル。』ってにこやかに申し上げて来ました。私がこのオジサンの所で油を売っている間に、先輩は砂糖抜きの緑茶を飲めないお客様のために持ってきた、飲めない人は居ないであろうミネラルウォーターのペットボトルを置いて回っておられました。
『不動さんって言葉が出来るのね?』『いえ、どういたしまして以外はほとんど通じませんでした。発音そんなに悪かったかしら?先方は日本語の発音すごく良かったのに申し訳なかったです。』『…。あのオジサン、日本語以外で何を話してた?』『ええーっと、最初のアリガトウ以外は全部日本語でしたっけ。』『日本人離れした態度悪い座り方だったけど、オジサン本社から来た日本人じゃないの?』言われてみればその可能性が高いですが、日本人であるに決まっている相手に日本語を使わないメリットって何だったのでしょう?緊張気味にお茶配ってる事務員だと思ってからかわれたのかしら?