その昔、
不動産業界を語る男に騙され、気合を入れて宅建主任の資格を取得してしまった私が、まずはお客さんとして、賃貸業者さんの所を訪れました。
半日で5軒以上案内をして頂く、ハードなスケジュールでした。自分で用意しておいた地図に記入している番号と手持ちの物件資料に付けた通し番号を照らし合わせながら、場所を確認している時、営業の女性がニコニコ顔で言ってきたのです。
「ちょっと予算オーバーですが、すごくいい物件が出たんです。見てみませんか?」
「そんなにいい物件なら、お願いします」
…と、答えてからも、下を向いて資料の整理を続けました。結構商談が入った物件があるみたいなので、その物件資料をよけておきます。従業員たちの楽しげな声が聞こえます。
「ちょっと待ってよ?あの物件、俺が先に目をつけてたんだぜ」
「だーめ!私が不動さんのためにとってるんだもん。譲りませんよ〜だ」
「待ってくれよー、俺のお客さんだって本気なのにー」
「ダメよ♪カギ持ってっちゃうもんね〜、ほらぁ」
視線を落としたまま、子猫の兄弟のようにじゃれあう仲のいい会社でいいわね〜と思いつつ、BGMがわりに聞き流してました。が、急にBGMが消えました。何か変だな?と思い、顔をあげると、皆さん真顔で私を注視しています。あ、資料整理の遅い私待ちですか?別に会話を聞いてなかったわけじゃないケド、しらけさせてスミマセン。
「で、最初に案内して頂くのは結局どれでしたっけ?」
「だから、その、みんなが狙ってる、一番お勧めの、すごくいい物件から…」
不動産業界で求められるスキルの高さを思うと、改めて敷居の高さを感じました。
車に乗ってから、ため息。
「宅建まで取ったのに…やっぱり私には無理だわ…。」
すっかりテンションの下がった営業さんに「何がですか?」と、聞かれ、
「あなたのように…」
「小芝居はできない」とは言えませんでした。
「…運転うまくないから、私が不動産屋さんで働くなんて無理ですよね?」
彼女から、不動産屋さんの中には必ず事務だけ担当する女性が居るはずで、そういうポジションなら営業さんと全く違う業務内容だから、営業に向かない人なら却ってそっちが向いているという、業界の大まかな説明をして頂きました。不動産業者同士が仲良しだという話も、詳しく教えて頂き、事務員として業界で働きたいという気持ちが強くなりました。
お蔭様で、誰も狙ってなかったのにコストパフォーマンスの高い物件で生活出来、いい職に出会えました。今の私があるのは彼女のお陰です。確かに事務員に演技力は必要ありません。